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秩父の山で忽然と消えた男性 遭難へと導いたのは“誤ったサイン”だった?

春を迎えた山で、忽然と消えた男性 (※写真と記事本文は直接関係ありません) 登山者の増加に伴い、山岳遭難者は年々増えている。 【実際の写真】登山道で男性を遭難へと導いた“誤ったサイン”Mさんが予定していたルート図。画像は『「おかえり」と言える、その日まで 山岳遭難捜索の現場から』より「地元の“里山”でも遭難は起きる」  そう語るのは、民間の山岳遭難捜索チームLiSS(リス)代表の中村富士美氏だ。彼女は、思いも寄らない事態に戸惑う家族から依頼を受け、メンバーと共に山へ捜索に向かう。  ある年の春、自宅に秩父の山の地形図を残し、60代男性が行方不明になった。中村氏は家族へのプロファイリングを通して男性のたどったルートを推理し、捜索を続ける。そんな中、地元の人から気になる話を耳にし……。  現場のリアルな様子を、中村氏の初著書『「おかえり」と言える、その日まで 山岳遭難捜索の現場から』より一部抜粋してお届けする。  ***木に結び付けられたリボン、岩などにペンキで描かれた丸やバツなど、いろいろな「印」があるが、登山の際には、山中の目印だけを頼るのでなく、地図を読んで登ってほしい。そして常に「万が一」の可能性を頭に入れて、行動することが大切だ (※写真と記事本文は直接関係ありません) 遭難者の捜索と家族支援・サポート。この2つを柱にした捜索団体を立ち上げよう。そう思ったのが2017年の秋だった。そこから準備をはじめ、18年1月、創設に漕ぎつけた。  一応ウェブサイトも作ったものの、「年に1〜2件、依頼が来るくらいかな」と思っていた。ところが3月には最初の依頼を受け、18年は5件、19年は13件、20年4件、そして21年は7件の捜索依頼を受けた。  次に紹介するのは、山岳遭難捜索チームLiSSを立ち上げたばかりの2018年に引き受けた捜索だ。残されていた地形図Mさんが予定していたルートと発見場所。画像は『「おかえり」と言える、その日まで 山岳遭難捜索の現場から』より 真面目な性格で、仕事も無遅刻無欠勤だった60代の男性Mさんが、2018年3月のある月曜日に無断欠勤した。  Mさんは、都内在住。同居していた両親はすでに他界し、一人暮らしだった。連絡も入れずに会社を休んだことを不審に思った社長が、地方に住む兄妹へ連絡した。兄妹がMさんの住むアパートを訪問したところ、プリンターの上にプリントアウトされた列車の乗換案内やバス時刻表等と共に一枚の地形図が残されていた。埼玉県の群馬県寄りに位置する秩父槍ヶ岳(標高1341メートル)のものだった。その名の通り、槍のように切り立つ急峻な峰や断崖絶壁が多いのが特徴の山である。地形図には、Mさんが登ろうとしたとみられるルートも書き加えられていた。  携帯電話へ連絡してもつながらない。兄妹は「この山で遭難したのかもしれない」と考え、捜索願を提出した。この時点で、Mさんが山に入ったとみられる3月18日から2日が経過していた。  翌21日から、管轄警察と地元の有志による捜索活動が始まる。  捜索初日、季節外れの低気圧の影響を受け、秩父は朝から春の大雪となった。  みるみるうちに雪が積もり、捜索活動は困難を極めた。天候の回復と雪が融けるのを待ち、捜索活動を再開できるようになるまでに、10日も掛かってしまった。  遺留品すら見つからず、Mさんが行方不明になって21日後の4月7日、捜索は打ち切られることになった。  ご家族から私たちへ捜索依頼が入ったのは、捜索終了の翌日のことである。